「忖度する人たち」暴論・暴言の根底にあるもの

2015年6月30日 01時14分 | カテゴリー: その他・つぶやき

自民党の「文化芸術懇話会」の勉強会における、言論弾圧を煽る発言で、党内外から批判の声が上がる中、早々に幹事長が謝罪、議員4人の処分も行なわれました。自民党としては、事態の早期収拾、沈静化に向け対応を図ったというところなのでしょう。しかし、4人の議員の資質や見識が欠けていたという問題として切り抜けられる情勢とは思えません。

26日午後、私もテレビ中継されていた衆院平和安全法制特別委員会を視聴していました。勉強会で発せられたとされる問題の発言について、「総理として確認すべき」と迫る野党議員に対し、安倍総理は「私はまあ総理大臣でございますので…国政全般、あるいは国際情勢等あり…いちいち調べるという時間がなかった」などと答弁。従って、謝罪の意思を問われても「勝手にお詫びできない」、事の重大性を問われても「外に出すことを前提にしていなかった」と居直りの姿勢。総理の謝罪を求めた野党議員に対しては「お前こそ謝れ」、「何で(総理が)謝らなきゃいけないんだ」とヤジが飛ぶ。
権力を背景にした暴言としか言いようが無い。
 
勉強会で、「沖縄の二つの新聞はつぶさないといけない」と発言した百田尚樹氏が、昨日28日には「その時は冗談口調だったが、今はもう本気でつぶれたらいいと思う」と話したことも伝えられました。

わざわざ、首相側近の加藤勝信官房副長官や、以前に「報道は中立であれ」という要請文章を出した萩生田光一・党総裁特別補佐にも参加してもらっての勉強会。
そもそも、記者が扉の向こうにいることを知りながらの発言。
私には、確信犯的言動と映るのです。

 
集団的自衛権の行使容認に関する憲法解釈について、「私が最高責任者だ」と発言した総理。総理の本音を忖度し発せられる暴言。でも、解釈改憲で進められる安保法制への理解が広がっているわけではない。立憲主義を蔑ろにする政治が、独裁政治へとつながっていくことは想像に難くありません。そのことを多くの人々が直感的に捉えているのではないでしょうか。ここはターニングポイント。もっともっと気付く人を増やすために、黙っていてはいけない。