神奈川で移動教室を広げよう

2014年6月18日 17時52分 | カテゴリー: 活動報告

 14日、市民団体「福島子ども・こらっせ神奈川」主催の学習会、「神奈川で移動教室を広げよう」が開催されました。福島子ども・こらっせ神奈川は、2012年より福島県楢葉町の子どもたちを神奈川に招くリフレッシュプログラムに取組んでおり、今年も8月に4泊5日のプログラムを実施する予定です。スタートフォーラムとして企画された学習会では、日野彰さん(福島県教職員組合特別中央執行委員)、花岡崇一さん(木と建築で創造する共生社会実践研究会事務局)のお話を伺いました。以下、少し長い報告になりますが、貴重な報告であり、ここに記しておきたいと思います。


 日野さんは、福島県教職員組合で原発問題を担当されており、福島とりわけ楢葉町をふくむ双葉郡の子どもたちや教員がどのような況におかれているかを話されました。原発事故直後に避難命令が発令された浪江町請戸地区では、救助の準備を整えていた衝動団員が、救助を待っていた津波の被災者の救助活動を断念し町を出なければなりませんでした。また、放射能の拡散予測が住民に知らされなかったために最も放射線量が高いところに避難させられるという悲劇も起こりました。当初、2013年度中に完了予定であった除染作業は、作業期間を最大3年間延長するとされています。
 震災関連死も増加し続けており、昨年12月には1,715人となり関連死が直接死(1603人)を上回ったとのことです。子どもたちの健康被害についても、甲状腺がんと診断された子どもは33人、疑いのある子どもは41人と、10万人中12人の割合でがんが見つかっており、これまでの14歳以下の子どもで10万人中0.05人〜0,1人、成人で1.5人というデータと比べると突出した発症率になっています。

 2013年春に警戒区域が再編成され、2014年4月に田村市都路地区の避難指示が解除されましたが、除染が不十分な状態での避難指示解除には、住民からは憤の声があがったそうです。
 避難者の総数は2013年3月末時点で13万2千人。避難者の半数は自主避難者であり、生活保障も課題になっています。災害復興住宅の建設も遅れ、仮設住宅に長期にわたり住み続けなければならない人も多くいます。
 再開した小中学校は少しづつ増えているものの、子どもの数は減少しているそうです。高等教育ではサテライト方式や中高一貫校など試行錯誤されています。しかし、教職員も被災者であり自分の心も不安定なまま、子どもたちのケアに日々奮闘し、精神疾患で病休に入る教職員が増えているとのことです。

 花岡さんからは、横浜市立小学校校長時代の伊達市と横浜の子どもたちの交流経験から、福島の子どもたちの移動教室の試みについて伺いました。いずれも、震災を忘れない、福島を忘れないために、人と繋がり具体的な活動を積み重ねていく重要性をお話いただきました。

 こらっせは「移動教室」の制度化をめざし、文科省に対し、県内で活動する他の保養グループと一緒に福島県外へ移動教室を広げ制度化・予算化すること、民間団体との協力関係の構築すること等を提案してきました。
 2014 年度は「ふくしまっ子自然体験・交流活動支援事業」として予算が措置され、移動教室の実施場所も福島県外に広がりました。しかし、県外での実施は 6 泊 7 日 以上とされていることや、福島県内の社会教育団体が申請の当事者であるなどの条件もあり、この制度を民間団体が活用するためにはなお課題があります。
 引き続き、市民の実践を重ねながら、文科省や自治体への政策提言に取組むことや、プログラムへの多くの参加と賛同を呼びかけることを確認しました。