憲法9条でフリーズする私たち

2006年4月30日 00時00分 | カテゴリー: その他・つぶやき

 「現状にそぐわないから憲法を変える」のか、いや、そうではなくて、私たちがどこに向うのか、それを法とすべき。それは正しいと思います。でも、平和主義者=現実を否定する理想主義者ではないけれど、「護憲」、「憲法9条」と言った瞬間、それだけで思考停止になっていないだろうか?

 憲法は、一人ひとりの尊厳を尊重することを謳ったもので、自己決定を尊重するものだと思います。でも、憲法に謳われた市民自治の内実はどうでしょうか。市民社会の力量が問われます。

 私たちは、格差社会の中でバラバラにされ、自己責任を突き付けられています。未来が描けない。そして、人々は主体性を放棄し、その結果、国への求心力を強める動きにつながっています。

 愛すべき国でないから「国を愛そう」と声高に叫ばなければならない。かつて、自民党の「元気を出そう ニッポン!」というキャンペーンがあったような…。あれも、元気がないからそう叫ばなければならないのですね。

 対立軸として、市民の切実な課題と制度をつなぐ地域の政治、市民社会の形成をめざすその論理展開は間違っていないと思いますが、私たちは、少数派であることも認識しなければなりません。自らが、今までより以上に、市民社会とコラボレーションし、多様性を受け入れる基盤をつくる努力をしなければ。そうでなければ存在価値無いです。ね。