東洋文化圏に暮す私たち

2005年5月17日 01時14分 | カテゴリー: アジア・NPO/市民社会・平和

韓国研修報告 その1

 昨日、15日から韓国を訪問中です。「日韓市民社会に学ぶ」というNETの海外研修に参加しています。
 
 実は、私は、韓国を訪れた事が無く、韓国の歴史や文化、生活についてあまり知識を持っていませんでした。海外と言えば、どちらかと言えば、「アメリカ」。その影響を受け育った私が、幼少の頃、初めてみた映画は「101ぴきワンチャン」でした。

 これまで、NETには、たくさんの韓国の市民運動に参加されている方々からの訪問がありました。そのことで、私たちも、自分自身の運動のあり方を問われ、また、パワフルな韓国の市民社会について知りたいと思うようになりました。そして、やはり、韓国の地に立ち、直接知り合うことが大切だと思い、韓国にやってきました。

 9:30に成田を発ちわずか2時間でインチョル空港に到着。(自宅から成田までは2時間半もかかったぞ)ソウルに向かう窓の外には、松やクヌギの林や、田植えを前に水のはられた田んぼが広がり、見なれた景色にあらためて「近い国」を実感しました。
それとは、対照的に、3車線の高速道路にさらに平行して作られている線路、そして高層マンションの景色も続きます。あちこちで、開発が行われていて、今朝も六時にソウルにあるホテルの傍の工事現場のクレーンの音で目が覚めました。まだまだ経済発展の最中にある国なのですね。

 昨日の午後は、朝鮮王朝の正宮として使われていたチャンドックン(昌徳宮)にも足をのばしました。そこでは、日本の文化に近いしつらえを沢山みつけることができます。しかし、世界の文化遺産とされているこの場所も、過去に秀吉の侵略を受け、全ての宮殿が焼失するという歴史を持っていました。
 このチャンドックンに、最後の李朝王との政略結婚により移り住み、生涯を終えた日本の皇族がいましたが、彼女は、人生の後半、障がい者の支援のために力をつくし、韓国の市民にも慕われていたそうです。
 国の思惑を超えて、文化や生活支援を通じて日韓の掛け橋が生まれるのだし、そういった努力はいつの時代にも行われていますね。同じ文化圏の中で、相互に依存し援助し合う関係こそが、新しい歴史をつくる契機になると感じました。